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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)20号 判決 1998年3月10日

上告人

浦田友行

右訴訟代理人弁護士

根元孔衛

三嶋健

被上告人

浦田正昭

浦田国男

髙田信子

斉藤昭

右四名訴訟代理人弁護士

矢田誠

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人代理人根元孔衛、同三嶋健の上告理由第三点の2について

遺留分権利者が減殺請求権を行使するよりも前に減殺を受けるべき受遺者が遺贈の目的を他人に譲り渡した場合には、民法一〇四〇条一項の類推適用により、譲渡の当時譲受人が遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときを除き、遺留分権利者は受遺者に対してその価額の弁償を請求し得るにとどまるものと解すべきである(最高裁昭和五三年(オ)第一九〇号同五七年三月四日第一小法廷判決・民集三六巻三号二四一頁参照)。そして、右の弁償すべき額の算定においては、遺留分権利者が減殺請求権の行使により当該遺贈の目的につき取得すべきであった権利の処分額が客観的に相当と認められるものであった場合には、その額を基準とすべきものと解するのが相当である。

原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人及び被上告人らは、昭和六〇年五月二四日に死亡した浦田兵五郎の子であるが、兵五郎はその死亡時において本件土地についての借地権の二分の一の割合による持分を有していたところ、上告人は、右借地権持分の遺贈を受け、平成二年三月一三日、練馬ホーム株式会社に対し、これを自身の有する残りの二分の一の割合による持分と共に当時における客観的に相当な額である二億八八二九万九九六〇円で売却し、被上告人らは、その後の平成四年二月一〇日、上告人に対し、右遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をしたというのである。

右事実関係の下において、遺留分権利者である被上告人らは、減殺請求権の行使により、それぞれ前記借地権の二〇分の一の割合による持分を取得すべきであったとした上、民法一〇四〇条一項本文の類推適用により受遺者である上告人が各被上告人に対して弁償すべき額について、右借地権の売買代金の二〇分の一にあたる一四四一万四九九八円をもって相当とした原審の判断は、これを是認することができる。所論引用の最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁は、事案を異にし本件に適切ではない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違法をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に基づき原判決の法令違背を主張するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人根本孔衛、同三嶋健の上告理由

第一点・第二点<省略>

第三点 遺留分の減殺請求権の存否、範囲についての判断においての採証法則違反、仮にそれが存在した場合その対象となる財産権の評価の基準時の判定についての最高裁判所の判例に対する違背及び審理不盡の違法

1 遺留分の減殺請求権の判断における採証法則違反と事実誤認

被上告人(一審原告)らは、本件の訴訟を兵五郎の遺産である本件土地の借地権についてその相続人として共有持分を有するものとして、その売却代金を上告人に請求する事件を一九九一年(平成三年)三月一一日に提起した。

しかし、本件土地の借地権の二分の一の準共有持分はこの借地権が設定された一九七二年(昭和四七年)当時から一審被告の権利に属していたことは一、二審判決認定のとおりである。また兵五郎が保有していた残りの持分二分の一についても、一審被告、兵五郎間に一九七七年(昭和五二年)七月一日に金三、五〇〇万円の金銭消費貸借契約がなされ、その担保として右の兵五郎の借地権持分がその担保として提供されて停止条件付代物弁済契約また代物弁済予約がなされ、兵五郎がその貸借契約の弁済期限であった一九八二年(昭和五七年)七月一日に弁済をしなかったことにより右の停止条件が成就しており、あるいは一審被告からの同日予約の完結の意思表示による、いずれかの理由より一審被告の権利に帰属し、その結果として一審被告は本件土地上の全借地権者となっていたのである。一、二審判決がこの事実についての採証法則の適用を誤り、右の金銭消費貸借及びそれにともなう金銭授受の事実を容認しなかった誤りについては、すでに上告理由第一点においてあきらかにしてきたところである。

右の事実によって、兵五郎の遺産に対する被上告人らの遺留分減殺請求権は存在していなかった。右の代物弁済契約は非清算帰属型であったのであるが、かりにそうではなくて清算型であったとすれば、右の完結時における兵五郎の借地権持分の評価額が、金銭消費貸借の弁済額をこえて上告人の兵五郎に対して返済すべき清算金額として残り、それが右の遺留分減殺請求権の対象となる可能性もあった。また右の金銭消費貸借及びそれによる金銭授受ならびに担保提供の事実が否認された場合においては右の兵五郎の借地権持分が遺産として残り、右の遺留分減殺請求権の問題が生ずることはいうまでもない。

一審被告は、一審審理においては一九九二年七月九日付準備書面においてこの代物弁済契約は停止条件付の非清算帰属型であり、少なくともそれは帰属清算型担保であるが、また予約であるとしてもその完結により、兵五郎の借地権共有分も一審被告の権利に帰していたことを述べた。また同じく一九九三年一〇月一四日付準備書面において、この代物弁済契約当時の右借地権持分の評価額は貸付金額と正に対応しており、代物弁済がなされた時の評価額は、それが清算型であった場合でも債務額を下まわっており残金として担保提供者に交付すべき額がなかったことを当時の地価に関する証拠をあげて論証してきた。これらの問題は一九九四年九月二二日付被告準備書面(八)において再度のべた。一九九四年一〇月二七日付の被告準備書面(九)は、この代物弁済契約を停止条件付か、あるいは予約とみるべきか、また非清算帰属型か清算型か、さらに清算型の中でも換価処分清算型か帰属清算型かの問題を、本件事実と諸判例に照らして検討したものであり、本件担保が非清算帰属型の停止条件付代物弁済契約としてなされていたことを明らかにした。かりに清算すべき場合であったとしても弁済期日頃の目的物の評価によれば、生産額として兵五郎に交付すべき額はないか、あるいは少額であったことを述べたのである。

これらの一審被告の主張に対して、一審原告らは兵五郎と一審被告間の金銭消費貸借契約及びそれによる金銭授受の事実の存在を争い、兵五郎の遺産として残されていたという借地権の評価は、一審被告が一九九〇年(平成二年)三月一三日にこの借地権をその上に所有していた建物とともに練馬ホーム株式会社に譲渡した時の価額二八八、二九九、九六〇円によるべき旨を主張してきた。一、二審判決は、この主張を容認して一審被告の主張、立証を排斥したのであるが、この判断は右にあきらかにしたとおり採証法則を誤り、事実の誤認をしたものというべきである。

2 一、二審判決の目的物評価基準時についての最高裁判所判例に対する違背

一審被告は遺留分減殺請求権の対象となるべき借地権は存在しなかったと主張してきたのであるが、仮にそれが残っていた場合についての予備的主張として、その借地権の評価基準は、最高裁判所第二小法廷が昭和五〇年(オ)第九六〇号事件についてなした昭和五一年八月三〇日の判決(民集三〇巻七号七六八頁)によるべきことを、一九九四年一二月一日の準備書面において主張した。この判旨は、被相続人の意思を尊重しつつ、また受遺者と遺留分権利者との利益の調和をはかるとの趣旨において、目的物の現物の返還に代えての価額弁償を認めた上「価額弁償における価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時であり、遺留分権利者において当該価額弁償を請求する訴訟にあっては現実に弁償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時であると解するのが相当である」としている。

本件の場合には、相続が発生した一九八五年(昭和六〇年)と一審被告が本件借地権を譲渡した時である一九九〇年(平成二年)の間は、僅かに五年である。さらに一審口頭弁論終結の時である一九九四年(平成六年)一二月一日まではそれから四年がたったにすぎない。これらの年月の経過が平常なものであったとすれば、一審原告らも右の最高裁判所の判例に反するような主張をあえておこなわなかったものと考えられる。しかし、この間にいわゆるバブル現象により土地の異常な高騰があり、さらに急激な地価の崩壊現象があった。一般人である一審被告にこのような地価高騰を予想できたはずもなく、またその急転直下の下落を見通しうべくもなかったのである。一審原告はその健康状態から肩書地を本拠とする営業活動に加えて、本件建物での営業活動を継続することが困難になってきたこと、また本件建物の維持修繕費がかさんできたこと等の理由から本件建物を手放すことにしたのであり、それがたまたま地価上昇の時にあたっていたのである。そして、その代価をもってマンションなど事業用資産の買換えをおこなった。その直後に地価、建物価格の急落が生じたことは公知の事実であり、そのため買換えた不動産からの収入があがらず、買換えにあたって右代価に加えて借入した融資の返済も困難をきたし、またこれらの不動産を処分することも容易にできない状態におちいっていた。一審被告がバブルの崩壊を予想しえたならば、このような事業用資産の買換えをおこなわなかったことは明らかである。一審被告は政府の土地政策の誤りによって発生し、金融機関の放漫融資によって助長された地価を中心とする経済の激動に翻弄された被害者の一人であった。このような本件の具体的事実について、右の最高裁判所の判例の基本的な立場である受遺者と遺留分権利者との利益の調和をはかるという趣旨を適用するならば、本件の場合においても、右判例の結論のとおり、一審口頭弁論終結の時をもって評価の基準時とすべきことを、右の書面において一審被告は主張したのである。

一審判決はこの主張に対して「本件のような場合は、受贈者は目的物を返還するか価額の弁償にするかを選択する余地はないのであるから、「これ(註、右の最高裁判所判例)と同一に論ずることはできない」として、これを排斥しているのである。控訴審判決も、またこの一審判決を引用して同一の結論である。評価の基準時を一審口頭弁論終結の時とする最高裁判所の右判例の判旨は、一、二審判決の結論のように、目的物を返還するか価額の弁償にするかの選択の余地がある場合に限っているのであろうか。明らかにそうではないのである。

目的物を返還するか、価額を弁償するかを義務者である受遺者の決するところに委ねることは、価額弁償でも遺留分権利者の生活保障上支障を来さず、また被相続人の意思の尊重ともなり、受遺者等の間の利益の調和をはかることもできるから相当であるといっているのである。これが右判例の第一段の結論である。さらに現物返還に代わる価額弁償を許すとなれば、その評価を何時にすべきかが当然問題になるが、それは目的物の返還に代わるべきものであるからそれと等価であるべきであるとして、価額弁償における価額算定の基準時は現実に賠償がされる時に最も接着した時点としての事実審口頭弁論終結の時であるというのである。この判旨は、この基準時を定めるについても、価額弁償を許すことの根拠となっている衡平等の法理が適用されるというのであって、現物返還か価額弁償かの選択可能な場合についてのみ判示のような基準時が適用されるとは、少しもいっていないのである。本件の場合のような価額弁償のみができる場合でも、右の判例のいうような衡平等の法理は当然に適用されるのであって、これを排斥すべき理由は存しない。本件の場合も右の判例にしたがって事実審の口頭弁論終結の時をもって評価の基準時にすべきであった。

本件の目的物である借地権は他人の手にあるとはいえ滅失していず現に存在しているのである。口頭弁論終結の時において、その客観的価値の算定は可能であり、この評価額をもって目的物の等価の価額弁償額とすべきであった。一審被告はこの趣旨において乙第二九号証ないし三〇号証により、本件土地の地価の変遷状態の立証をしていたのである。しかし、これらは概算にとどまっているので、乙第三四号証のような専門家による鑑定書を口頭弁論終結時について提出すべきことを裁判所に申出たのであるが、一審裁判所はそれには及ばないということであったので、この提出はなされなかったのである。

右のように一審裁判所、ひいては控訴審裁判所は、本件の遺留分減殺請求権の存在を認めたのであるが、その目的物の評価の基準時は、右の最高裁判所の判例にしたがってそれぞれの口頭弁論終結の時をもってすべきであり、またその評価は可能であった。これら判決の右の判例に対する違背は明白であり、それらは破棄をまぬがれない。

3 審理不盡の違法

一審判決は右2に引用した最高裁判所判決の判旨の解釈について誤りにおちいった。さらに、本件の具体的事実についてみれば、衡平の観点からしてもこの判例にしたがった判断をなすことが相当、妥当であったにもかかわらず、あえてこれに背反する判断をなしたのである。一審被告はその不当性を指摘して控訴状記載の控訴理由の第四項にこれを掲げた。そしてその理由については一審一九九四年一二月一日付準備書面(一〇)において述べてあったのであるが、控訴審第一回の口頭弁論期日において、これを補充する書面を次回に提出する旨を告げたのである。前記のとおり控訴審はこの日結審となり、和解手続に入ったのであるが、一九九五年七月一四日には前記口頭弁論再開申請書とともに一審被告準備書面(一二)として遺留分減殺請求の対象となるべき財産の評価の基準時についての一審判決が前記の最高裁判所の判例に違背する理由を詳述した書面を提出した。この書面は控訴審が前記のとおり弁論を再開しなかったことの結果として、控訴審の審理の対象とはなりえなかったのであるが、その論旨は上告理由の論証にともなっているので本書面の別記として援用する。

同日あわせて乙第四七号証として当麻不動産鑑定士作成の不動産調査報告書を提出し、一審口頭弁論終結の日に近い一九九四年一二月一日現在における本件土地の借地権評価額をあきらかにした。また同日提出した乙第五二号証から乙第五六号証は、上告人が本件土地借地権およびその上の本件建物を譲渡した代金に金融機関からの融資を加えて、事業用資産の買換の証拠である取得した不動産の登記簿謄本ならびに評価証明書である。この買換については証拠として一審段階で乙第四一号証が提出されていたが、これらをあわせて、遺留分減殺請求権がある場合その対象である本件土地借地権の評価基準時を一審終結時とするのが、これら買換不動産の値下がりの事情を考慮して、実質的意味において両当事者の衡平にかなうものであることをあきらかにしようとしたのである。これらの証拠も、控訴審の口頭弁論が再開されないことにより、審理手続における証拠資料となりえなかったのである。

控訴審が一審被告の主張を認め、遺留分減殺請求権の存在を否定したのであれば、これらの証拠について証拠調をおこなう必要はなかった。しかし、この存在を認めた限りにおいては、その目的物の評価基準時を決定する上にも、またその評価額を決定する上にも、これらの証拠についての証拠調は必要であり、相当であったのである。控訴審の和解手続が不調に終わった一九九五年七月一四日の時点において地価の下落傾向が続いていることは公知の事実であった。同年九月一九日に国土庁が発表した同年七月一日都道府県の基準地価について同年一〇月二〇日付の朝日新聞はつぎのように報道した。

「国土庁は一九日付で、今年七月一日現在で調べた都道府県の地価『基準地価』を発表した。住宅地、商業地とも東京、大阪、名古屋の三大都市圏平均では五年連続で下落し、全国平均も四年続けて下がった。住宅地は、東京圏で3.3%の下落にとどまるなど、三年連続で下げ巾が縮小したのに対し、商業地は三大都市圏平均でなお16.0%下がり、全国平均では前年より下げ巾が広がった。地価の下落傾向が継続していることで、不動産業界を中心に景気対策に絡めて土地税制の見直し要求が勢いを増すのは確実だ。」

また、土地バブルに際して制定された租税特別措置法第六四条の四が規定する特例は、相続税法二二条に遺産価額は時価によるものとあるのが税務署の定める路線価によっているのを、相続の場合その以前三年以内に購入された土地については路線価によらず、その購入価額によるとするものであるが、これをバブル崩壊による地価急落の場合そのまま適用するとすれば相続人はその土地を売っても相続税を納付できないばかりか、納税のためになお大きな負担を背負わなければならないという現実も生じた。この矛盾につきこの特例の適用の制限を訴えた納税者に対して、一九九五年一〇月一七日大阪地方裁判所は、この特例の適用は違憲の疑いがあるとの判旨の判決をなしたことを各新聞紙は報道している。このことは土地バブルとその崩壊によって地価の急落が生じたというこの間の社会事情の激変については、その結果についての責任をすべて一般国民の負わすべきではなく、社会的衡平に配慮した判断をすべきであるという裁判所の良識の現れにほかならない。

本件における遺留分減殺請求権の目的物の評価基準時の決定についても、またその評価額の算定においても、このような衡平にもとづく判断がなされるべきであったのである。本件の具体的事実はいずれも地価の上下の激変のなかにおこったことであり、右の大阪地裁の判決の事案と同一の事案とはいえないのであるが、衡平原則を適用して判定することは同じく当然の事例であったからである。

控訴審裁判所は、これらの主張ならびに証拠が事実上提出されているのであり、口頭弁論期日をひらき証拠調をしたならば、その日結審をしたとしても証拠としてその判断資料にしえたのである。そのことが裁判の遅延にならないことも明白である。そしてこの問題が判決の結論に影響を及ぼすべきことはあきらかである。

控訴審はこれらを訴訟手続にのせなかったことは、民事訴訟法第一三九条に違反するものであり、審理不盡の違法をおかすものといわざるをえないのである。

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